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■ 2012年01月29日(Sun)20:48  内藤多仲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E8%97%A4%E5%A4%9A%E4%BB%B2

内藤多仲(ないとう たちゅう、1886年6月12日 - 1970年8月25日)は日本の建築構造技術者・建築構造学者。
「耐震構造の父」と評される。
山梨県中巨摩郡榊村(現在の南アルプス市)出身。
旧制甲府中学(現 山梨県立甲府第一高等学校)、第一高等学校を経て東京帝国大学(現 東京大学)卒業。
最初は造船学を専攻していたが、日露戦争後の造船不況を考慮して建築学に転向。佐野利器に師事した。

1910年に東京帝国大学卒業、1913年に早稲田大学教授。
1917-1918年、アメリカへ1年間留学。旅行用トランクの仕切板を外して積んだためトランクを壊してしまった体験や船の構造から着想を得て、帰国後に耐震壁による耐震構造理論を考案した。
1924年、「架構建築耐震構造論」で工学博士号を取得。

この耐震構造理論を用いて耐震壁付き鉄骨鉄筋コンクリート造の日本興業銀行本店(渡辺節設計、1923年竣工)や歌舞伎座等の構造設計を実施。興銀の竣工3か月後に関東大震災が起こるが、丸の内にあったアメリカ流の鉄骨造ビルが大きな被害を受けたのと対照的に、興銀が無事だったことで内藤の理論が実証された。(歌舞伎座は建設工事中で、内部を焼失したが、躯体は無事だった)

戦後は東京タワー、通天閣(二代目)など多数の鉄骨構造の電波塔・観光塔の設計を手がけ、「塔博士」とも呼ばれた。

1970年8月25日午前9時5分、第一国立病院(国立国際医療センターの前身)で死去。84歳。
遺骨は多磨霊園内にある内藤家の墓地に埋葬された。墓地の右側には墓誌が、左側に銅像と顕彰記がある。

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プロジェクトXの東京タワープロジェクトでも紹介された方。
この国は昔はほんとすごかったんだなーって思います。


2012年01月25日(Wed)22:47 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%85%E5%88%BB

遅刻(ちこく)とは、事前に開始時刻や日程等が決められている行為(複数人で行う団体行事や行動計画など)への参加に遅れることをいう。
学校や会社、試験、待ち合わせなどに遅れることをいうことが多い。
寝過ごすなどして遅れた場合は特に寝坊と呼ばれる。
関西弁では遅刻する事をトチるとも呼ばれる。

主な理由としては前述の寝坊のほか
事前の支度に手間取る
日時を間違える
などが挙げられ、その大半が個人の不注意によるものであるが、事件や事故の被害に遭う等の不可抗力による原因もある。

特に日本において遅刻は、企業の社員など一般社会に属している場合、自らの評価を非常に大きく下げることになる、
極めて重大なミスの一つとされている。
学生である間は遅刻を理由とした重大な処罰を受けることは少ないものの、周囲との協調性が重視される社会においては遅刻は許されない行為であり、たとえ数分の遅刻であって、それ自体が周囲に及ぼす悪影響が少ないとしても、「遅刻をすること」自体が自らの社会人としての自覚や協調性が欠けている、規律を守れないだらしない人間であると見なされてしまうことが多い。
遅刻を事前に連絡せず、無断でしてしまうような場合など(寝坊によって始業時間を過ぎてから起床した場合等)に至っては、会社によっては、法的な妥当性は別としてではあるが解雇の理由とされてしまうこともある。

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よく遅刻する人は、なぜ時間を守らなければいけないか?ではなくて、なぜ遅刻してはいけないのか?と考える人が多いんじゃないだろうか。
社会に縛られて生きざる負えないのだから、社会の決まりに従わねばなるまい。


■ 2012年01月23日(Mon)23:01  八甲田山
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E5%B1%B1

八甲田山(はっこうださん)は、青森市の南側にそびえる火山群の総称で日本百名山の一つ。
「八甲田山」と名がついた単独峰は存在しない。
岩木山と同様 本州最北部にある火山群。
命名の由来について「新撰陸奥国志」によれば、八の(たくさんの)甲(たて)状の峰と山上に多くの田代(湿原)があるからという。
現在の火山活動は穏やか。周辺は世界でも有数の豪雪地帯。

明治35年に青森の歩兵第五連隊が雪中行軍の演習中に記録的な寒波に由来する吹雪に遭遇し、210名中199名が遭難した事件(八甲田雪中行軍遭難事件)が発生、それを基に新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」が書かれている。

なお、陸上自衛隊青森駐屯地に駐屯する第5普通科連隊も、毎年、厳冬期に、八甲田山系での冬季雪中戦技演習を行なっている。

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夏にしか行った事ありませんが、それでも山の上のほうは相当寒かったです。

今日の雪で携帯の電池蓋なくしてしまいました。
代わりの蓋を注文中。


■ 2012年01月21日(Sat)09:26  骨女
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AA%A8%E5%A5%B3

骨女(ほねおんな)は、鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』にある日本の妖怪。
その名の通り、骸骨の姿をした女性の妖怪として描かれている。

石燕による『今昔画図続百鬼』の解説文によれば、「御伽ばうこ」なる話に、歳を経た女の骸骨が牡丹の柄の入った提灯を持ち、生前恋していた男の家に通って男と交わる話がある、と述べられている。
即ちこれは、浅井了意の著書『伽婢子』に収められている怪談『牡丹灯籠』の女の亡霊・弥子を描いたものである。
『伽婢子』によれば、萩原新之丞という男が美女の姿の弥子と出会い、毎晩のように情事を交わすが、ある晩に隣りの老人がそれを覗き見ると、それは新之丞と骸骨が抱き合っているという奇怪な場面だったという。

秋田県の伝承では、ある男が深夜に猛吹雪に遭い、灯りもなくて闇夜の中で遭難しかけたところへ、1人の女が現れて家まで案内してくれたが、家に着いてから礼を述べようと戸口に立つ女を見ると、その顔は骸骨だったという。

また山田野理夫の著書『東北怪談の旅』にも、青森県の怪談として骨女という名の妖怪の話が登場する。
これは安政時代、周囲から醜いといわれていた女が、死後は骸骨の容姿が良いので、人々に見せるために町中を骸骨の姿で歩き回ったという。
魚の骨が好物で、高僧に出会うと崩れ落ちてしまうという。

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昨日、重たそうな雪が降りました。


■ 2012年01月18日(Wed)05:33  輪入道
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E5%85%A5%E9%81%93

輪入道(わにゅうどう)は、鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』にある日本の妖怪。

画図では炎に包まれた牛車の車輪の中央に男の顔が付いた姿として描かれており、解説文には以下のように述べられている。

車の轂(こしき)に大なる入道の首つきたるが かた輪にてをのれとめぐりありくあり
これをみる者魂を失う
此所勝母の里と紙にかきて家の出入の戸におせば あへてちかづく事なしとぞ

輪入道は自分の姿を見た者の魂を抜いていき、「此所勝母の里」と書いた紙を呪符として家の戸に貼ると、輪入道が近づくことができないという意味である。
「此所勝母の里」とは、中国の儒家の始祖・孔子の門人である曾子が「母に勝つ」の名を嫌って勝母の里に足を踏み入れなかったという『史記』「鄒陽列伝」での逸話が由来とされている。

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この鳥山石燕という人物は今の日本で言う妖怪を描いた始祖的人物といえるでしょう。

そいえば携帯・PHSの契約台数が人口を突破という記事をみかけて、普及率が100%突破とかでていましたが、普通に1人2台以上持っている人多いし、仕事で使っている携帯とかもざらにあるから、こういう統計っていかにいい加減なものか、わかりますね。
どうみても普及率の定義がおかしいとおもうが、そういう記事をかいて恥ずかしくないのかな。


■ 2012年01月09日(Mon)18:15  チクシュルーブ・クレーター Chicxulub crater
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

チクシュルーブ・クレーター(またはチチュルブ・クレーター、英語: Chicxulub crater)は、メキシコのユカタン半島にある約6550万年前の小惑星衝突跡。
地磁気異常、重力異常、およびセノーテの分布によって確認される。
これらはいずれもきれいな円弧を描いており、この円の中心が衝突地点とされる。

この衝突が、恐竜を含む大型爬虫類はじめとする多くの生物が絶滅した白亜紀末の大量絶滅(K-T境界)の、もっとも有力な原因と考えられている。

諸説あるが、2010年にサイエンス誌に掲載された説では、小惑星の大きさは直径10-15km、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍、衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は高さ約300メートルと推定されている。

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M11の地震というと、もはやどれだけ強い地震なのか、想像がつきませんね。
ちなみにM10は地球で起こりうる地震の最大なので、小惑星でも衝突しなければ11は起きないということらしいです。
こう考えると今起きても同じ運命を辿るんだろう。人も。


■ 2012年01月05日(Thu)21:26  門松
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%80%E6%9D%BE

門松(かどまつ)とは、正月に家の門の前などに立てられる一対になった松や竹の正月飾りのこと。松飾りとも。
古くは、木のこずえに神が宿ると考えられていたことから、門松は年神を家に迎え入れるための依り代という意味合いがある。
地域の言い伝えにより松を使わない所もある。

新年に松を家に持ち帰る習慣は平安時代に始まり、室町時代に現在のように玄関の飾りとする様式が決まったと言われる。

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最近はお店で見ることがほとんどですね。



■ 2012年01月02日(Mon)09:45  あけましておめでとうございます
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
本年も宜しく御願い致します。

12月から引っ張っている微妙に具合の悪さがまだ治りませんねー。
そいえば初詣のおみくじは吉でした。
去年は末吉だったし、少しはいいことがあるように期待したいなぁ。


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